フラッシュバック (物語)
フラッシュバック(flashback)またはアナレプシス(analepsis)は、物語の中に過去の出来事のシーンを挿入すること[1]。文学では後説法、映画では回想シーンと呼ばれる(本項もそれに従う)。進行中のストーリーの背景を補完するために使われることが多い[2]。その反対に未来の出来事を語るのがフラッシュフォワード[3]。ともにストーリーに筋を通し、キャラクターを掘り下げ、物語構造に変化をもたらす。文学では、物語の初めの方に戻る内的後説法(internal analepsis)と、物語の始まる前の過去を語る外的後説法(external analepsis)の2つがある[4]。
映画においては、ミステリ映画の「謎解き」などで登場人物の過去の行動を見せるのに使われる[5]。また、フィルム・ノワールやメロドラマにおいてもよく用いられる[5]。それがフラッシュバックあるいはフラッシュフォワードであることを観客・視聴者にわからせるために、写真の隅をぼかしたり、セピアトーンなど色を変えたり、カラー映画の場合はモノクロにしたり、登場人物の顔からフェードイン・フェードアウトしたりする。ナレーションが加えられる場合もある[5]。
主要な例
[編集]文学
[編集]後説法の初期の例としては『ラーマーヤナ』と『マハーバーラタ』が枠物語の形式でメインストーリーを物語る。同じ古代文学では『オデュッセイア』も後説法で語られる。『千夜一夜物語』の「三つの林檎」は謎解きに用いられた初期の例である。若い女性の死体が発見されたところから始まり、自首した犯人が殺人にいたった経緯を後説法で説明する[6]。『千夜一夜物語』では他にも『シンドバッド』『真鍮の都』で後説法が使用されている。
16世紀にはヴァスコ・ダ・ガマの航海を後説法で語る『ウズ・ルジアダス』が作られる。
近代以降はフォード・マドックス・フォードやロバート・グレーヴスは後説法を広範囲に使用した。ソーントン・ワイルダー『サン・ルイ・レイの橋』は事故の被害者の過去が語られる。エリ・ヴィーゼル『夜』にも後説法が使われている。
ハリー・ポッターシリーズでは憂いの篩/ペンシーブという魔法道具で後説法が使われる。
映画
[編集]映画で最初に回想シーンが使われたのは1901年にフェルディナンド・ゼッカが撮った『ある犯罪の物語』といわれる[7]。
トーキーの時代になって、ルーベン・マムーリアン『市街』(1931年)が作られるが回想シーンはまだ珍しかった。1939年になってウィリアム・ワイラーが『嵐が丘』を発表。家政婦のエレンが過去を語るフラッシュバック構造になっている。同年、マルセル・カルネも『陽は昇る』で回想シーンを使う。
回想シーンを用いた最も有名な映画がオーソン・ウェルズの『市民ケーン』(1941年)。「バラのつぼみ」という言葉を残して死んだ主人公チャールズ・フォスター・ケーンの人生を調べる記者のインタビューと、ケーンの人生を描いた回想シーンとで構成される。エルンスト・ルビッチ『天国は待ってくれる』(1943年)はフラッシュバックと信頼できない語り手を組み合わせた手法が用いられている。黒澤明『羅生門』(1950年)は複数の人物が異なる証言をする。ドキュメンタリーでの使用例としては、エロール・モリスの『ザ・シン・ブルー・ライン』(1988年、日本未公開)が挙げられる。
原作にはないが、映画版で回想シーンを使ったのが『回転木馬』(1956年)と『キャメロット』(1967年)。ともにミュージカル映画である。
『ラ・ジュテ』(1962年)はフラッシュバックとフラッシュフォワードの両方を用いて、過去と未来へ旅する。
稀に、回想シーンの中に回想シーンが入ることもあり、ジャック・フェデー『女郎蜘蛛』(1921年)においてはじめて用いられた。『アンニー可愛や』(1925年)では中国人の洗濯屋の回想シーンの中でさらなる回想シーンが画面の隅に描かれている。他に、ジョン・フォード『リバティ・バランスを射った男』(1962年)、池広一夫『ひとり狼』(1968年)[8]、『オペラ座の怪人』(2004年)でも使われている。
回想シーンの画面を加工する場合もあり、たとえば木下惠介『野菊の如き君なりき』(1955年)は楕円形の白いボカシで囲み[9]、サタジット・レイ『対抗者』(1972年)はネガポジ反転させている。
『ビリー・バスゲイト』(1991年)では回想シーンが35分も続く[10]。
近年では、クエンティン・タランティーノがフラッシュバックとフラッシュフォワードを組み合わせる形で、『レザボア・ドッグス』(1992年)『パルプ・フィクション』(1994年)『キル・ビル』(2003年)を制作した。
テレビドラマ
[編集]『刑事コロンボ』、『ジェシカおばさんの事件簿』、日本の2時間サスペンス[11]の多くで回想シーンが使われている。
出典
[編集]- ^ Pavis, Shantz (1998). Dictionary of the Theatre: Terms, Concepts, and Analysis. University of Toronto Press. p. 151. ISBN 0802081630
- ^ Kenny (2004). Teaching Tv Production in a Digital World: Integrating Media Literacy. Libraries Unltd Incorporated. p. 163. ISBN 1591581990
- ^ “flash-forward”. thefreedictionary.com. 2 May 2018閲覧。
- ^ Jung (2010). Narrating Violence in Post-9/11 Action Cinema: Terrorist Narratives, Cinematic Narration, and Referentiality. VS Verlag für Sozialwissenschaften. p. 67. ISBN 3531926020
- ^ a b c Hayward, Susan. "Flashback" in Cinema Studies: The Key Concepts (Third Edition). Routledge, 2006. p. 153-160
- ^ Pinault, David (1992), Story-Telling Techniques in the Arabian Nights, Brill Publishers, p. 94, ISBN 90-04-09530-6
- ^ Turim, Maureen. Flashbacks in Film: Memory & History By Maureen Turim. p.24
- ^ “The Lone Stalker A.K.A. Lone Wolf Isazo”. Japan Society. 1 January 2011時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年4月18日閲覧。
- ^ 『キネマ旬報増刊11.20号 日本映画作品全集』キネマ旬報社、1973年、203頁。 執筆者:井沢淳
- ^ Variety Staff (1990年12月31日). “Billy Bathgate”. Variety. 2020年4月19日閲覧。
- ^ ペリー荻野 (2019年10月9日). “2時間ドラマ、犯人の告白がなぜ崖で行われるか?に新説”. NEWポストセブン. 小学館. 2020年4月18日閲覧。